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    絵になるバラ・ヴァーズ

    絵になるバラ・ヴァーズ

    絵になるバラ・ヴァーズ。お気に入りのフラワーベースを、そっとテーブルに置く。 そこに、ぽんと一輪のバラを挿してみる。 ただそれだけで、見慣れた部屋の空気が一瞬で変わります。まるで小さな美術館に迷い込んだかのような錯覚を覚える。 そんな圧倒的な存在感を持つバラを、みなさんはご存知でしょうか。

    その名は「ヴァーズ(Vâse)」。 フランス語で「花瓶」という名を与えられた、日本生まれの特別なバラです。 アンティークの絵画から抜け出してきたかのような、深く、どこか色気のある佇まい。 今回は、この美しいバラ絵になるバラ・ヴァーズのお話です。背景にある、まるで奇跡のような物語をそっと紐解いてみましょう。

    絵になるバラ・ヴァーズ

    1万分の1の確率から生まれる芸術

    静岡県菊川市にある「やぎバラ育種農園」。 ここは、日本国内でも非常に珍しい、自らの手で新しいバラの品種を生み出す「育種」を行う農園です。

    二代目園主である八木勇人氏が掲げるのは、「Art Rose.(アールローズ)」という哲学。 そして「一輪で絵になるバラ」という、美への飽くなきこだわりです。

    バラの育種という作業は、優美なイメージとは裏腹に、とても過酷で繊細なものです。 毎年12月の厳しく乾燥する寒さのなかでの作業。人間の手でひとつひとつ、気の遠くなるような交配の試作が繰り返されます。 そうして気が遠くなるほどの時間をかけて蒔かれた種の中から。実際に私たちが目にする新しい品種としてデビューできるのは、ほんのわずか。 その確率は、実に「1万分の1」とも言われています。

    絵になるバラ・ヴァーズは、そんな気が遠くなるような奇跡の連続のなかから生まれました。八木氏の「まだこの世にない、新しいバラが見たい」という情熱によって命を吹き込まれたバラです。シリーズの長男であり、最高傑作なのです。

    絵になるバラ・ヴァーズ

    「花瓶」という名に込められた、温かい願い

    なぜ、このバラは「花瓶」を意味する絵になるバラ・ヴァーズと名付けられたのでしょうか。 そこには、作り手である八木氏の、ある温かい想いが込められていました。

    「見た人が驚いたり、感動したり、そこから自然と会話がはずむようなバラを作りたい」

    あれこれと他の草花を合わせる必要はありません。 ただお気に入りのベースに一輪挿すだけで、空間の主役になり、見る人の心を惹きつける。 その名の通り、「花瓶に最も似合うバラ」として、この世に送り出されたのです。

    ヴァーズの最大の魅力は、従来のバラの概念を覆すような、その緻密でエモーショナルな表情にあります。 大ぶりの花びらが幾重にも規則正しく、それでいて有機的に重なり合う姿は、あまりにも見事です。そして、時に「洗練された造花のようだ」と称えられるほど。

    しかし、ひとたび触れれば、そこには本物の生命だけが持つ、艶やかな色気が宿っていることに気づきます。 外側の深いワインカラーから、中心に向かってゆっくりと移り変わります。紫ピンクやくすみを含んだ絶妙なグラデーション。 さらに、見た目の繊細さに反して花びらがとても肉厚で丈夫なため、驚くほど長く咲き続けてくれます。 時間が経つにつれて、中央の小さな花びらがゆっくりと開き、さらに深い表情を覗かせる。 その咲き進む姿を毎日眺める時間は、暮らしのなかに贅沢な余白を、そして愛おしい時間を運んでくれます。

    奇跡が連鎖する、美しき一族絵になるバラ・ヴァーズの物語

    絵になるバラ・ヴァーズが起こした奇跡は、一輪の誕生だけでは終わりませんでした。たとえば、その優れた性質を受け継がれます。自然の神秘である突然変異(枝変わり)によって、さらに魅力的な仲間たちが次々と誕生したのです。

    たとえば、シックなグレーベージュの色彩が美しい「シュエルヴァーズ」。 重なり合う花びらがまるで繊細な貝殻(Shell)のように見えることから名付けられました。そして、このバラは、日本の優れた品種に贈られる賞を受賞し、多くのフローリストを虜にしました。

    あるいは、まるでキャンバスに絵の具を溶かしたかのような、ニュアンスピンクを帯びた「パブロヴァーズ」。 その名の通り、巨匠パブロ・ピカソの絵画を思わせるような、芸術的な色彩を持っています。

    さらには、シリーズのなかでも圧倒的な大輪を誇る「グランヴァーズ」など、ひとつの奇跡から始まった物語は、いまや豊かな「ヴァーズ・ファミリー」へと広がりました。今この瞬間も進化を続けています。 だからこそ、流行に敏感なプロの表現者たちが、今も変わらずこの花に魅了され、愛し続けているのです。

    暮らしの中に、一輪のアートを飾るということ

    私たちは毎日、たくさんの情報や忙しさに追われて生きています。

    だからこそ、時には立ち止まり、目の前にある「1万分の1の奇跡」に心を寄せる時間が必要なのかもしれません。

    いつでも簡単に出会えるバラではないからこそ、もしもお花屋さんでこのヴァーズに出会うことができたなら、それはきっと特別な巡り合わせです。
    そのときはぜひ、お気に入りの花瓶をひとつ用意して、お部屋に迎えてみてください。

    あなたの暮らしの景色が、そしていつもの日常が、まるで一枚の美しい絵画のように、ドラマチックに変わり始めるはずです。

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    ウエストミンスターアビー

    ウエストミンスターアビー

    移ろう色彩に、そっと心を奪われて

    ひと目で惹きつけられてしまう特別なバラがあります。 それがウエストミンスターアビーです。 なぜなら、この花は言葉にできないほど美しい色をしているからです。

    咲き始めは、ほんのり淡いブロンズ色をしています。 しかし、時間が経つにつれてゆっくりと表情を変えていきます。 やがて、落ち着いたラベンダーベージュへと優しく色づくのです。

    その姿は、まるで古い洋画のワンシーンを思わせます。 だからこそ、私たちはこの花にどこか懐かしさを感じるのかもしれません。 空間に溶け込むそのアースカラーは、アール・ヌーヴォーの流麗な世界観にも美しく調和します。 そして、見るたびに優しい愛おしさで胸がいっぱいになります。

    ウエストミンスターアビー

    祈りの歴史をまとう、特別な名前「ウエストミンスターアビー」

    この少し大人びたバラには、素敵な名前がついています。 それは、イギリスにある有名なウェストミンスター寺院が由来です。 歴史ある世界遺産の建物がそのルーツとなっています。

    そこは、英国王室の戴冠式が行われる神聖な場所です。 さらに、誰もが憧れるロイヤルウエディングの舞台でもあります。 つまり、たくさんの愛と歴史が紡がれてきた場所なのです。

    そのため、このバラからは古い石造りの大聖堂のような気品が漂います。 また、静かな祈りの時間のような穏やかさも感じられるのです。 したがって、名前を知ることでさらにこの花の虜になってしまいます。

    オランダの名門、シュルールス社のウエストミンスターアビーへかける情熱

    この美しいバラは、どのようにして私たちの元へ届いたのでしょうか。 実は、育種大国オランダにあるシュルールス社で生まれました。 正式な育種元は、Schreurs Holding B.V.という名門企業です。

    彼らは、世界中のプロから愛される商業用切花のスペシャリストです。 なぜなら、「生産性の高さ」や「花弁のタフさ」に強いからです。 さらに、飾る人の手元で長く咲き続ける「花持ちの良さ」も大切にしました。

    このようなニュアンスカラーは、本来だと傷や変色が目立ちやすいものです。 しかし、シュルールス社は見事にその課題を克服しました。 その結果、美しさと扱いやすさをどちらも叶える奇跡の一輪ができたのです。

    ウエストミンスターアビー

    世界のトップデザイナーを魅了したウエストミンスターアビーの市場デビュー

    このバラは、2010年代後半に世界の切花市場へデビューしました。 すると、その唯一無二のカラーリングがまたたく間に噂となります。 そのうえ、世界中のトップデザイナーたちの間で一気に流行しました。

    なぜなら、繊細な見た目なのに輸送にも耐える強さを持っていたからです。 そのため、現在でもプロのフローリストにとって極めて扱いやすい現代の名作と呼ばれています。 また、特別な日のブーケだけでなく、日常の空間も優しく包み込みます。

    これまで、ブラウン系のバラは少し地味に見えてしまうこともありました。 ところが、このバラはまるで魔法のように周りを明るく見せてくれます。 だからこそ、今も多くの人の心をとらえて離さないのです。

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    香りのバライヴピアッチェ

    香りのバライヴピアッチェについてご紹介

    香りのバライヴピアッチェをご存じですか?

    おはようございます!こんにちは!こんばんは!フラワーショップKALIANg(カリアン)です。
    本日は、香りのバライヴピアッチェについてご紹介いたします。

    イヴピアッチェは、イブピアッチェ、イヴピアジェ、イヴピアッチェ、イブピアジェ、イブピアッツェ、イヴピアッツェなど様々な呼び方があります。これはフランス語に由来するもので、発音の取り方で様々な言い方や表記が存在します。

    実はこのバラ、いまではとてもメジャーな切花として流通しています。
    ところが、そんな香りのバライヴピアッチェには夫婦愛と家族の絆の物語。そして、サクセスストーリーが秘められているのです。
    本日はぜひこのイヴピアッチェについてご覧ください。

    香りのバライヴピアッチェ

    戦火の中で守り抜かれた平和のバラ

    ナチス・ドイツの占領により、フランスは深刻な食糧難になります。そのため、バラの畑を野菜畑に変えるよう迫られました。けれども、二人は秘密の苗を絶対に諦めませんでした。

    なぜかというと、そこには夫婦ふたりで夢見た未来の希望があったからです。そこで、命がけで開発中の苗をアメリカへ空輸しました。その結果、そのバラは終戦後に大ヒットを記録します。すなわち、これこそが平和の象徴である「ピース」です。

    こうして、メイアン社は世界のトップへ躍進しました。また、彼女の賢明な支えがその偉業を可能にしたのです。しかし、そんな幸福な時間は長くは続きませんでした。

    香りのバライヴピアッチェ

    悲劇を乗り越えた「愛の育種家」

    マリー=ルイズ(旧姓パオリーノ)は、同じくバラの育種家だった父の血を引き、若くして類まれな交配の才能を持っていました。彼女は、20世紀最高のバラ「ピース(Peace)」を作出したことで知られるフランシス・メイアンと結婚します。

    しかし、幸福な時間は長くは続きませんでした。1958年、夫のフランシスが46歳という若さで病没してしまったのです。

    残されたのは、まだ幼い子供たち(後の5代目当主アラン・メイアンら)と、広大なバラの圃場。ここでマリー=ルイズは、悲しみに暮れる間もなく立ち上がります。彼女は夫の遺志を継ぎ、自らメイアン社の筆頭育種家として交配組織を率い、会社と幼い子どもたちを守り抜いたのです。

    育種家の娘として生まれた運命の始まり

    実のところ、彼女の人生は最初からバラの香りに包まれていました。なぜなら、彼女は高名な育種家の娘として生まれたからです。そのため、幼い頃から畑でバラの交配を手伝っていました。

    そこで、彼女は繊細な技術と卓越したセンスを身につけます。その後、彼女の前に一人の熱き青年が現れました。その青年の名は、フランシス・メイアンと言います。

    彼は、のちに世界を魅了するバラを開発中の天才でした。さらに、二人はバラへの強い情熱で深く結ばれます。そして、1939年に二人は運命の結婚を認め合いました。しかし、その直後に悲しい戦火が激しく燃え上がります。

    突然の悲劇と突きつけられた絶望の淵

    1958年、メイアン家を最大の悲劇が襲うことになります。なぜなら、愛する夫が46歳の若さで病死したからです。天才育種家を失った会社は、まさに死の危機でした。

    その上、残された子供たちはまだ幼い少年でした。そのため、周囲は会社の終わりを噂し始めます。実のところ、彼女も深い絶望の淵に立たされていました。ただ、彼女は泣き寝入りするような女性ではありません。

    なぜなら、夫の愛したバラと幼い子供たちを守る使命があったからです。そこで、彼女は夫の遺した交配ノートを開きました。そして、自分が筆頭育種家になると宣言したのです。

    香りのバライヴピアッチェ

    女性育種家としての孤独な戦いと情熱

    当時、バラの育種の世界は完全な男社会でした。それにもかかわらず、彼女は毅然と立ち向かいます。なぜなら、最愛の夫の夢を形にする覚悟を決めたからです。

    そこで、彼女は独自の視点で新しい交配を始めました。特に、彼女が求めたのは圧倒的な香りと強さです。つまり、残された家族を包み込むような強靭なバラでした。その結果、彼女の手から素晴らしい名花が誕生します。

    たとえば、夫の父親に捧げた黒バラの最高峰「パパ メイアン」です。さらに、伝説の歌姫に捧げた「マリア カラス」でした。こうして、彼女は家族の未来と会社の危機を完璧に救ったのです。

    息子へと受け継がれた香りのバトン

    彼女は、息子アランが育つまで必死に会社を率いました。その間も、夫と語り合った香りの血統の選抜を繰り返しています。実のところ、この地道な作業こそが奇跡の準備でした。

    なぜなら、この血統こそが未来の家族の鍵だからです。その後、彼女のバトンは無事に息子へと手渡されます。そうして、1982年に一つの奇跡が起こりました。ついに、誰も見たことがない試作バラが開花します。

    それは、100枚もの花びらを持つ濃いピンクのバラでした。しかも、周囲を一瞬で包み込むほどの強香を放ちます。このバラこそが、のちの「イブピアッチェ」です。

    香りのバライヴピアッチェ

    香りのバライブピアッチェ誕生とジュネーブの奇跡

    アランは、その新作バラをコンクールへ出品しました。すると、会場で待っていたのは運命的な出会いです。当時、審査委員長を務めていたのはイヴ・ピアジェ氏でした。

    彼は、スイスの高級ブランドの会長を務める人物です。また、彼は無類のバラ愛好家としても有名でした。その彼が、このバラの前に立った瞬間に驚きを隠せません。

    なぜなら、そのあまりの美しさに一目惚れしたからです。その結果、このバラは主要な賞をすべて総なめにします。それほどまでに、この花は審査員を魅了しました。だから、彼の名前をそのままバラに冠することにしたのです。香りのバライヴピアッチェです。

    香りのバライヴピアッチェ枯れない宝石へと昇華した美の循環

    バラに自分の名を贈られた彼は、深く感動しました。そこで、今度は自分の手でその美を形にしようとします。つまり、テラスでそのバラを大切に育て始めました。

    その上、永遠に枯れないジュエリーの制作を誓います。こうして、名作「ピアジェ ローズ」が誕生しました。本物のバラのウェーブが、美しい金細工で再現されます。一人の女性が守った血統が、芸術へと昇華した瞬間でした。

    言い換えると、これは美の素晴らしい循環なのです。そして、この奇跡の物語の根底には彼女の深い愛があります。マリー=ルイズの執念がなければ、この世にありません。

    香りのバライヴピアッチェは生涯をバラに捧げた偉大な母の遺産

    1987年、彼女は多くの家族とバラに囲まれて旅立ちました。その後、彼女の愛称を冠したバラが発表されます。その名は、「マヌウ・メイアン」と言いました。

    このバラは、驚くほど病気に強くて丈夫な性質です。しかも、どんな嵐の中でも鮮やかなピンクで咲き誇ります。その姿は、逆境に負けず家族を愛し抜いた彼女の人生そのものでした。

    たしかに、香りのバライヴピアッチェの華やかさは目を見張ります。しかしながら、その香りの奥には夫婦の絆と母の優しさがあるのです。だからこそ、私たちはその香りに涙するのかもしれません。ぜひ、その物語を胸にこのバラを眺めてみてください。